イラク戦争から1年 『グローバル・ヴィジョン』誌(2004年5月号)所収


 早いもので昨年3月20日(米国時間では3月19日)のイラク戦争開戦から1年になる。 だが、この1年の動きは決して満足のいくものではなく、むしろ苦難に満ちたものとして記憶されるに違いない。

 短期間でイラクの首都バグダッドを陥落させ、サダム・フセイン政権を打倒した米国ではあるが、現地の治安状況はいまもって深刻である。 大規模な軍事作戦はもう遠い過去のようにさえ思われる。ただ、それによって得られたものも大きいが、失われたものもまたあまりに大きい。

 いわゆる「戦後」が語られてはいても、自爆テロやゲリラの犠牲になる米兵は後を絶たず、その矛先は国連にも、また米国に協力する国々にも及んでいる。 イラク復興に全力で取り組んだ日本人外交官も命を落とす結果になった。

 まさにこの原稿を書いている間にも、ニュースはバグダッド中心部のホテルで大きな爆発事件が発生したことを伝えている。 自爆テロとみられ、米軍のバグダッド到達で引きずり倒されたあのフセイン像のあった公園の近くでの事件である。 戦争から1年目を迎えるタイミングを狙っての行動とみて差し支えないだろう。

 もちろん、スペイン・マドリードで発生した列車同時爆破テロの波紋も大きい。
この事件に関しては、アルカイダ系で「アブハフス・アルマスリ旅団」と名乗るグループが犯行声明を出し、さらに、スペインでの活動を一時停止するとの声明もメディアに送っている。スペインの総選挙で勝利し、次期首相に決まったサパテロ社会労働党書記長が同国軍をイラクから撤退させるとの意向を表明したためだが、これはきわめて危ない。

 スペインでの今回のテロは、総選挙のタイミングを狙ったものであり、動揺した有権者が与党離れを選択し、当選した野党党首がイラクからのスペイン軍撤退を表明するという、それこそテロ組織の期待したとおりの結果が生み出されたことになるからである。イラク戦争で世論の抵抗にあいながらも米国支持の姿勢を貫いたことで政権基盤の揺らぐアスナール首相を、今回のテロ事件で追い落とされる結果になった。

 次に危ないのは日本である。 夏に参議院選挙を控え、国内では依然としてイラクへの自衛隊派遣を理由に政権与党を攻撃する動きも残っている。 足元の揺らぎをテロリストは見落とさない。 考えたくはないことだが、日本国内でのテロにしろ、イラクに展開する自衛隊に対する攻撃にしろ、日本国内の動揺を誘おうと考えたところでおかしくはない。
こうした弱みを表にだし、犠牲を招かないためにもテロに対しての、そして、イラク復興に対しての毅然とした態度を明らかにするほかはない。

ケリー候補の出方は

 11月2日の投票日に照準をあて、米大統領選キャンペーンはどんどんと熱を帯びてきている。
現職のブッシュ大統領・チェイニー副大統領チームに対抗する民主党の候補は各地の予備選挙で圧勝したジョン・ケリー上院議員(マサチューセッツ州選出)になることでまとまった。

 ケリー候補もいまの段階ではまだカリスマ性に欠け、これまでのリベラルな政策傾向のままで必要な数の有権者のハートをとらえきれるのか、なんとも心もとないが、この後、夏の民主党全国党大会で党の正式な候補として承認され、副大統領候補が決まるころには存在感も強まるはずである。

 9月のレーバーデー明けからが投票日をにらんだ本選挙のキャンペーンになるが、イラク問題にせよ北朝鮮問題にせよ、もはや米大統領選挙を抜きには何事も考えられない段階にきているといってよい。

 選挙戦でブッシュ陣営としては、米国が衝撃的な9・11事件から立ち直り、アルカイダの追撃とアフガニスタン及びイラクにおける危険な政権を打倒したことで「米本土安全保障(ホームランド・セキュリティ)」を高めたことを強調することになるだろう。 その意味で、昨年末のサダム・フセイン元大統領の拘束のニュースは待ちに待った朗報であり、パキスタンではアフガニスタン国境付近でオサマ・ビン・ラディン氏の捕捉を目的とした本格的な掃討作戦が続けられている。

 ケリー陣営は、ブッシュ大統領の楽観論に乗ることはできないが、かといってスペインの次期政権のような立場もとりにくい。 イラク政策に対する間合いの取り方には工夫がいる。

 正面から反戦を訴えて一時期、急速な躍進を遂げたハワード・ディーン候補(バーモント州知事)の姿勢は、イラクで実際に10万を超す米兵が展開している状況のなかでは、いくら最高司令官たる大統領の「誤った」決断による結果だったとはいえ、彼・彼女らの活動や存在意義を否定することにもなり、早晩、息切れをするであろうことは目に見えていた。ケリー候補も単純なブッシュ政権批判では、このディーン候補の二の舞で終わるだけである。

 北大西洋条約機構(NATO)軍の司令官など軍の要職を歴任したウェズリー・クラーク候補と違い、ケリー候補には一兵卒としてベトナム戦争の修羅場をくぐり抜け、数々の戦功を上げた実績があり、その経験をもとにして大統領の政策――それは、シビリアン・コントロール(文民統制)の常とはいえ、実戦経験のない背広組の決定による――を批判する説得力がそなわっている。

 しかし、その一方で、いざ大統領に当選した場合、米国の安全を保障するという責任はすべて自分の双肩にかかってくることもケリー候補は認めなければならないだろう。
『ネオコンの論理』で米国に反旗を翻した仏独を「古い欧州」と呼んで手厳しく批判したロバート・ケーガンは、「新しい欧州」を代表するスペインが今回のテロ事件を受けて米国離れをし、古い「欧州の中核」である仏独に擦り寄る兆しが見られることを強く懸念している。

 「もしも米国が欧州の手助けなしにアルカイダと戦えないというのであれば、欧州も米国の手助けなしにアルカイダと戦えないのではないか」(3月16日付『ワシントン・ポスト』紙)そう論ずるケーガンの処方箋は、結局、北大西洋同盟を修復することである。 米国と欧州が反テロで結束を強める必要性がここにある。そのためにも必要な第一歩は、(スペインの次期政権が考えているように反米で欧州がまとまるのではなく、)反テロで欧州が結束することだというポイントを見逃してはならないだろう。

イラク国家再建

もう一つの大きな課題は、いかに新生イラク国家への主権の移譲を早期に、かつ、持続可能なかたちで実現するかである。 米英軍を中心に占領行政がしかれ、戦後に採択された累次の国連安保理決議(第1483号、第1500号、第1511号)で人道・復興支援と国家再建に向けた大まかな道筋は定まってはいるものの、前途は多難と言わざるをえない。

 もちろんイラクの暫定統治機構である統治評議会が2005年に予定される恒久憲法の制定までの暫定憲法となる基本法に署名できたこと(3月8日)は、一部にまだ潜在的は抵抗はあるが、大きな成果である。
多分、これからの焦点は、やはり治安の強化と復興に向けた国連の役割の拡大の2点に凝縮されるのではないだろうか。

 前者については、イラク国内外で再び勢いづき、一般の民間人をも巻き添えにするテロやゲリラへの対策を改めて本格化させることは急務である。
後者に関し、パウエル国務長官は6月末のイラクへの主権移譲のタイミングを視野に入れ、新たな国連安保理決議案の提出を示唆している(3月15日、インド訪問に向かう機中での記者団への発言)。

 復興の遅れはイラクの原油生産の遅れにつながり、そうしたなかでも石油輸出国機構(OPEC)が厳談を支持し、原油価格は湾岸戦争当時に迫る高値となり、米国内のガソリン価格も上昇している。
選挙と復興と両にらみの時期だが、過去の分断を乗り越えた「連帯」回復が強く望まれる。