カナダの政治理論家チャールズ・テイラーのラジオでの講義をまとめたもの。全10章からなる。まず第1章で「近代」がもたらした3つの不安について述べる。第一は個人主義によるアイデンティティの危機、第二は脱魔術化を生み出した「道具的理性」の問題性、第三はこのふたつの問題から帰結する自由喪失の危機である。テイラーは第一の問題に第2章から第8章までを割き、後のふたつの問題にはそれぞれ第9章と第10章の1章づつしか充てていない。「近代の不安」をテーマにしていると考えれば不満が残るが、第一の個人の「意味の喪失」が本書のテーマだろう。
タイトルから想像できるように、本書はライオネル・トリリング『〈誠実〉と〈ほんもの〉』を下敷きにしている。トリリングは、ルソーやロマン主義以後、「誠実」より「ほんもの」という価値観が重んじられるようになることに着目したが、テイラーはこれを受けて、「ほんもの」であろうとする個人主義の形態が「ミーイズム」や「相対主義」(アラン・ブルーム『アメリカン・マインドの終焉』)に必然的に堕するものではないことを説いている。
かつて本書を原文で読んで、わたしはアイデンティティの関する自分の議論に利用したことがある。訳本の出現を知って、自分の勝手な借用が白日の下に曝されるのではないかと、どぎまぎしながら読了した。訳者の田中智彦氏は、テイラーをコミュニタリアンとする規定に若干の疑問を呈しているが、かつてわたしも同じ思いをしながら読んだ記憶がある。コミュニタリアンなどというレッテルより、『ニューレフト・レヴュー』の新左翼系マルキストだったテイラーが、ヘーゲル研究を経て、西欧個人主義の発展とその両義性について考察するようになったプロセスこそ、わたしには興味深い。
素人としての気軽さでもう一言加えると、アンシアン・マルキスト(冷戦崩壊後、マルキストをやめた人)にもてはやされている(あるいは過去形で言うべきか?)シャンタル・ムフなどより、テイラーのほうがずっと読む価値があると思う。〔2004.3.7〕
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