「アズレー新事務局長下のユネスコの未来を占う」
松浦晃一郎元ユネスコ事務局長が講演
1999年から2009年までアジア初のユネスコ事務局長を務め、米国のユネスコ再加盟などに尽力した松浦晃一郎氏(80)が2018年1月24日(水)午後、「The Future of the UNESCO led by the new Director-General Madame A. Azoulay」と題し、ユネスコの歴史的変遷や今後の課題等をテーマに大阪大学豊中キャンパスで講演した。講演はすべて英語で行われた。
講演には大阪大学の学生に加え、短期訪問プログラムで来日していたキョンヒ大学(韓国)の学生を含む約40名が参加した。また、大阪大学で学んでいる留学生も多数参加。参加者全体の出身国は日本、中国、韓国、ドイツ、エジプト等多岐にわたった。
松浦氏はまず、戦前まで遡ってユネスコが設立された経緯を詳しく説明。「教育」「科学」「文化」の発展がユネスコの設立目的であり、特に教育の普及・発展が最も重要であるとアフリカを初めとする開発途上国を念頭に語った。
次に、松浦氏は2003年に米国がユネスコに復帰したことに言及し、自らの経験を語った。米国は1984年、ユネスコを脱退。当時のレーガン政権は脱退の理由を「ユネスコは左翼的で浪費体質」と説明していた。
1999年に事務局長に就任して以来、米国の復帰に精を尽くしてきた松浦氏。在任中は米国を何度も訪問し、ユネスコに加盟するメリットを米国の大手新聞社や議会を通じて力説し続けたという。松浦氏は「米国を復帰させることが在任中の最も大きな仕事だった」と当時を振り返った。
また、ユネスコの設立目的を達成するには国際社会の支援が欠かせないという。松浦氏はコフィ・アナン元国連事務総長(1997~2006)が尽力し、開発途上国が達成すべき目標を定めた「ミレニアム開発目標(MDGs、2000~2015)」や、すべての国が達成すべき目標を定めた「持続可能な開発目標(SDGs、2015~2030)」に言及。アナン氏のイニシアティブを称賛するとともに、特に教育分野に関してMDGsやSDGsの意義は大きいと強調した。
例えば貧困の撲滅など8つの目標を定めたMDGsでは、「初等教育の完全普及の達成」が2つ目の目標に設定された。MDGsを前身とし、17の目標とこれを達成するための169の詳細なターゲットを定めたSDGsでは、「質の高い教育をみんなに」が4つ目の目標に設定されている。
こうした目標の達成に向けて必要なのは潤沢な資金だが、松浦氏によるとユネスコは慢性的な資金不足に悩まされているという。その原因の一つがユネスコの政治性に対する加盟国の反発と資金拠出の停止だ。
例えば2017年10月に米国はユネスコが「反イスラエル的だ」とし、脱退を表明した。米国はユネスコの分担金の約20%を負担しており、同国の脱退はユネスコの資金繰りに重大な影響を及ぼす。米国の分担金拠出停止は2011年から続いており、資金不足が慢性的になっていることが伺える。
ただし、「ユネスコがイスラエルに対し十分な配慮をすることに欠けていたことも一因ではないか」とも松浦氏は指摘する。実際、ユネスコは2017年7月に「エルサレムの旧市街とその城壁群」の保護に関する決議を採択したが、イスラエルは決議で記載された表記がユダヤ名ではないと反発した。だが、イスラエルの異議は認められなかった。松浦氏の発言はこうした経緯を踏まえたものだったと考えられる。
ユネスコを巡る加盟国間の対立は、ユネスコが加盟国の分担金に頼らなければ機能しない一方、特定の国からの指示を受けずに独立性を維持して任務を遂行しなければならないという難しさを露呈させている。同様の指摘は国連システム全体にも当てはまるだろう。
また、資金不足はユネスコだけの問題ではない。SDGsの達成には先進国の資金拠出が不可欠だが、GDPの0.7%以上をODA(政府開発援助)に割り当てることを目標に定めた「アディスアベバ行動宣言」を遵守するOECD加盟国は非常に少ない。2030年までの達成には先進国の意識改革が必要だろう。
講演終了後は講演に参加した学生から英語で多くの質問が飛び交った。本講演はユネスコに対する理解を深めるだけではなく、国際組織で活躍した実務家から直接話を伺う貴重な機会だったと言えるだろう。